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死ぬ夢の意味・親殺しの夢

死ぬ夢。

自分が死ぬ夢。

親が死ぬ夢。

家族が死ぬ夢。

友達が死ぬ夢。

これら、誰かが死ぬ夢というのは誰もが一度は見たことがあるのではないでしょうか?

死ぬ夢は誰が死ぬか、そして夢を見たその人がその時の現実生活において置かれている状況や、抱えている悩みや問題によってもその意味が変わってきます。

型通りの解釈をそのまま当てはめるのではな夢の分析をすることは出来ません。

それでもある程度の理解するための方法論というのはあるものです。

ここでは代表的なものを紹介します。

夢を見た本人が死ぬ場合

夢を見たその人が死ぬ夢は、死ぬ夢としてはかなりわかりやすいほうです。

一般的には、自分が死ぬ夢というのは「再生」の意味合いが込められていることが多いのです。

古い自分が死に、新しい自分が生まれる、というわけですね。

古来、宗教には死と「再生」はセットで考えられていることが多いですね。

もちろん、自分自身が死ぬ夢が常に「再生」を意味するわけではありません。

「押し殺す」という言葉があるように、本来の自分の力を発揮出来ない状況に追い込まれることも時に意味するのが自分が死ぬ夢の意味とでもあるのです。

このサイトで何度も取り上げていますように、夢を見た人の現実の生活とリンクして考えないと夢を読み解くことは出来ないのです。

親殺しの夢

自分の親が死ぬ夢というのは、一般的には「親殺し」の夢として理解されることが多いです。

このサイトを訪れていただいているみなさんも一度は聞いたことがあるかもしれませんが、フロイトのエディプス・コンプレックスの理論はまさにこの「親殺し」の話なわけです。

エディプス・コンプレックスというのは、息子が父を殺し、母と結びつくことからきています。

息子にとって、母親は異性でもあり、母でもあるのです。

親でもある母と結びつくためには、女としての母のパートナーである父親の存在が邪魔なわけですね。

お母さんを父親から引き離して、お母さんを独占したい、というわけです。

これがエディプス・コンプレックスです。

息子にとって父親というのは、母から引き離す存在として、もうひとつは社会的にも超えていかなければいけない最初の存在として息子の前に立ちはだかるわけです。

これが「自立」へとつながっていくわけです。

思春期の子供というのは、そういう意味で「親殺し」の夢をよく見るようです。

親を殺すということは、親に頼らず、自分ひとりで世界に立っていけるよう自立するために必要な通過儀礼なわけですね。

それが象徴的に夢の中にも出てくるわけです。

しかし自立というものは、人間の本質として最もやっかいな部類です。

子供は自立したいと思っていても、親がなかなか自立させてくれないことがあります。

口では「ひとりでしなさい」と言いながら、なんだかんだと「世話が焼けるんだから」と子供の世話をしたくなるのが親というものです。

実は親もそのことで苦しむものなのですが、中には自分が孤独になるのが怖いものだから、親が逆に子供に依存している場合があります。

父親、つまり自分の配偶者と関係の冷え切った母親というものは、子供に自立されるとひとりぼっちになってしまいます。

家の中に旦那がいたとしても、関係が冷めている夫婦ならば、精神的にも・心理的にも孤独になってしまうわけですね。

こんな時には、なかなか母親が子供の自立を許してくれないことがあります。

そんなときにも、子供は夢の中で親を殺す夢を見ることがあるのです。

殺さなくとも殺している夢

夢というのは、無意識からのメッセージです。

人間の無意識はあまりに優秀なので、あまりに衝撃的な出来事は、なるべくその人の精神が死んでしまわないようにオブラートに包んで、ショックを受けすぎないように取り計らってくれるものです。

たとえば現実でも、恋人に振られた男の人が、「元からあいつの嫌なところに辟易していたのだ」というふうに怒りに変えることでなんとか事実から目をそらせようとするように無意識が働くことがありあす。

これは無意識が、その男の人にとって、振られたという事実が耐え難いので、その事実を受け入れられるようになるまで防衛機制を働かせてくれているのです。

夢もそのような形で、遠回しにメッセージを届けてくれるのです。

親を直接殺すような夢というのは、夢を見た本人にとってはあまりに衝撃的なものです。

そのため無意識は遠回しに、親がなんらかの形で死んだ、というふうに、直接は夢を見る人に手を下させないことがあるのです。

とはいえ、直接手を下そうがそうでなかろうが、親殺しであることには代わりはないのです。


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